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『SDガンダムカプセルファイターオンライン(SDGO)』運営チームです。

このたびは『SDガンダムカプセルファイターオンライン』クローズドβテストへご応募いただきまして、誠にありがとうございました。
厳正なる抽選の結果、クローズドβテストのご当選をここに、お知らせいたします。
なお、クローズドβテスト日程は下記を予定しております。PCスペックなど使用環境を予めご確認のうえ、ご参加いただけますようお願い申し上げます。
三國志onlineサービス終了らしいですね。某Tさんから伝えられて知りました。
どっかの誰かは無双online用アイテムもらうために課金したらしいけどさすがに1500円分の価値のあるものはもらえないだろう。よくても家具レベル。
制覇も途中で終わるみたいだし、3節の表彰式で気持ちよく終わることができた俺は勝ち組か。
スケジュールを見ると6月から無料なんだな、へぇ、なるほど、無料でできるのか・・・
某ネトゲでは2年前ぐらいに話題になったことらしいので、知ってる人はなんでいまさらとか思うかもしれないけど、いまさらになってTcpAckFrequencyの存在を知ったので紹介。

・TcpAckFrequencyってなに?
自分が仕入れた雑な知識で雑に説明すると、
TCP=通信方法、Ack=応答信号、Frequency=頻度、で
TCP接続における応答信号の頻度の設定のような意味。
Windowsのデフォルト設定だとこの値が2になってるんだけど、これはwindowsが意図的に0.2秒ラグらせてるってことになる。そのほうが通信の渋滞が少なくなるとか。
この値を小さくすることによって通信がこまめに行われるようになって、大きくすると逆に一気に通信するようになるらしい。前者はネトゲのような小さいデータを多くやりとりするものに、後者はサーバーとかの大きいデータを一気にやりとりするものに有効らしい。

つまり、このTcpAckFrequencyの値を最小値の1に変更することによって、ラグや画面の表示遅延が改善される可能性があるらしい。当然、その分大量の通信のやりとりや、通信の処理が増えるのでマシンスペックも必要となってくるが、最近のPCならほぼ問題はないらしい。
今回肝心の変更方法はめんどくさいから書かないけど、TcpAckFrequencyでググレばすぐ見つかると思うんで興味もった人は設定をいじってみてもいいかも。

※注意※
設定を変更したからといって必ずしも劇的な効果が現れるとは限りません。
今回ここに書いたのは雑な知識です。自分でも調べてください。
設定を変更したことでデメリットが生じることもあります。
レジストリをいじることになるため、手順をミスるとPCが起動しなくなったってことにもなりかねないので自己責任でお願いします。不具合等が発生しても責任は負いません。不具合を問われてもわかりません。

某ネトゲでは検証動画もあがってて影響が顕著にみることができたけれども、ほかのネトゲでどれほど効果があるのかは分かりません。自分も調子にのっていじってみたけどネトゲやってないんで体感できてません^q^
※前回までのあらすじ
約400年続いた漢は、衰退していた。外戚・宦官により国政が私物化されたことが原因である。これにより、真っ先に農民の暮らしが苦しくなった。そこにお札と聖水で病気を治し、腐敗した漢に変わる黄天の建設を説いてまわったものが、張角の太平道である。彼らが光和7年(184)に起こした農民反乱をそのシンボルから黄巾の乱という。乱そのものは平定されたが、後漢の支配は崩壊、三國志の時代が始まるのである。
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まりさの引退によってモチベの低下が著しかったが、綾小路玲華が再編した胡蝶の夢に身をおいてほっそり過ごした。
蜀の内部状態は、いわゆる軍死時代が始まって、蜀十二神将が生まれ、何をやっても勝てない暗黒時代へと突入していた。
合戦は、前半はどの国もライン戦で、中盤あたりで呉に呪詛散布を使った突撃連合が現れ、そこからはどの国も突撃連合メインの合戦へと変わっていった。

この頃は本当にいろいろあったけど割愛。
制覇が始まったあたりから徳田と交流を持ち始め、徳田っぽい人に誘われてskypeを始め、徳田っぽい人とキャッキャウフフして、そこから邪気眼ともよく交流するようになった。
制覇が終盤にさしかかったころ、魏がvs呉戦に勝利し正装を獲得。世間では魏のやつが正装を着て呉に乗り込んだことで騒がれてた。このとき、まったく話題にはあがらなかったが自分の中では忘れられない大事件が起きた。
呉から撤収した魏の集団が、成都に記念撮影をしに来たのである。
たまたま乗り込んできてる所に居合わせたので、「蜀だって負けててくやしいんだから、ここで記念撮影してんじゃねーよ」的な発言で追い返そうとすると、そのメンバーの中にいた大豪院邪鬼が「今日関係なかったから蜀なら大丈夫だと思って^^」と意味のわからない返答。関係ないならなぜなおさら成都へ撮影しにきたのかと。

この発言からやっぱり蜀って魏にとったらその程度の存在でしかないのかと再認識、制覇も残り少なくて希望が見えず急激なモチベの低下。馬鹿騒ぎを求めて気分転換にやってたVIPde無双onlineが楽しすぎて気持ちがそっちへ揺らいでたこともあって引退を決意。3onの世界からさようならした。
                                             つづく
多分第1回蜀内紅白戦後のSS
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邪気眼ラジオ(笑)後の森ツアー
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邪気眼ハウス(笑)
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絶望しか見えない
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うほっいい男衰退~第1節制覇開始まで
※一部簡略化されて文章が意味不明になっている部分があります。
もし気になるなら言ってくれれば答えれます。
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うほっいい男衰退後、まりさは部曲戦をしたいといってサブをIP部曲にいれ、特に意味はないが部曲長は自分の手に渡った。
この頃の自分はIPとも友好的に接していた。ほぼ毎日朝から晩まで軍略をして過ごし、レンタルマギカや縹珠翠、傍若無人様等の軍略仲間と一緒に何かをすることが多かった。
正式サービスが開始されてもうほっいい男のメンバーは変わらず3人だった。
レベルキャップが40へと開放され、軍略生活に一層激しさが増したころ、阿修羅事件によって阿修羅の妹になってうほっいい男が事実上解散、部曲はまりさのサブが入っていた天衣無縫へと移籍した。その後の3on生活自体は特に変わらず、軍略やPDに明け暮れた。

合戦は、その頃のPCが低スペだったこともあって、もっぱら丹をやっていた。
1度治癒で7700点をたたき出してからは、治癒厨として勤しんだ。
その他の軍事的なことは、ほぼまりさのケツをおっかける形をとっていた。

制覇前の最後のvs呉では魏が援軍にきて、合戦後には墓場で徳田先生による講演会()も開かれた。
その後、魏vs呉の合戦を援軍にきてくれたこともあり、魏の合戦の勉強のためにも魏の援軍に軍死メンバーやその他多数で向かった。
そして制覇前最後の合戦となる蜀vs魏の合戦後、まりさの提案で反省会場が書庫前からパンダ広場にうつって、時雨なちゃが「これがみんなの望む形?」と誤爆し、まりさの司会による反省会は、制覇もがんばろうぜ!うおおおお!的なノリで終了した。

この頃すっかりまりさ信者だった俺は制覇もまりさについていこうと考えていたが、次の日まりさからの唐突な引退宣言。馬祐は自然消滅、軍略仲間も信onへと帰還し、俺は一人取り残される形となった。
                                              つづく

阿修羅怒りの修羅の群れモード!
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明らかに誤写なSSから懐かしい名前が見つかって面白い
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これも誤写だけど墓場の徳田講演会()中のSS
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