三國志onlineのおもいで その3

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※前回までのあらすじ
約400年続いた漢は、衰退していた。外戚・宦官により国政が私物化されたことが原因である。これにより、真っ先に農民の暮らしが苦しくなった。そこにお札と聖水で病気を治し、腐敗した漢に変わる黄天の建設を説いてまわったものが、張角の太平道である。彼らが光和7年(184)に起こした農民反乱をそのシンボルから黄巾の乱という。乱そのものは平定されたが、後漢の支配は崩壊、三國志の時代が始まるのである。
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まりさの引退によってモチベの低下が著しかったが、綾小路玲華が再編した胡蝶の夢に身をおいてほっそり過ごした。
蜀の内部状態は、いわゆる軍死時代が始まって、蜀十二神将が生まれ、何をやっても勝てない暗黒時代へと突入していた。
合戦は、前半はどの国もライン戦で、中盤あたりで呉に呪詛散布を使った突撃連合が現れ、そこからはどの国も突撃連合メインの合戦へと変わっていった。

この頃は本当にいろいろあったけど割愛。
制覇が始まったあたりから徳田と交流を持ち始め、徳田っぽい人に誘われてskypeを始め、徳田っぽい人とキャッキャウフフして、そこから邪気眼ともよく交流するようになった。
制覇が終盤にさしかかったころ、魏がvs呉戦に勝利し正装を獲得。世間では魏のやつが正装を着て呉に乗り込んだことで騒がれてた。このとき、まったく話題にはあがらなかったが自分の中では忘れられない大事件が起きた。
呉から撤収した魏の集団が、成都に記念撮影をしに来たのである。
たまたま乗り込んできてる所に居合わせたので、「蜀だって負けててくやしいんだから、ここで記念撮影してんじゃねーよ」的な発言で追い返そうとすると、そのメンバーの中にいた大豪院邪鬼が「今日関係なかったから蜀なら大丈夫だと思って^^」と意味のわからない返答。関係ないならなぜなおさら成都へ撮影しにきたのかと。

この発言からやっぱり蜀って魏にとったらその程度の存在でしかないのかと再認識、制覇も残り少なくて希望が見えず急激なモチベの低下。馬鹿騒ぎを求めて気分転換にやってたVIPde無双onlineが楽しすぎて気持ちがそっちへ揺らいでたこともあって引退を決意。3onの世界からさようならした。
                                             つづく
多分第1回蜀内紅白戦後のSS
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邪気眼ラジオ(笑)後の森ツアー
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邪気眼ハウス(笑)
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絶望しか見えない
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